先週、滋賀県の家倉さんから電話がありまして、農家アートが滋賀県の文化賞を頂きましたという嬉しい知らせが届いたのです。農家アートは数年前から滋賀県の農家と関西のアーチストとのコラボレーションイベントのこと。それが評価されたことは嬉しい限りですし、またこの活動が注目されることで、さらに幅広い人に伝わればいいなあと思いますし、メンバーの気持ちも高まるはずです。
今日のことですが、ぼくと同じマンションに暮らすミュージシャンのポールとのユニット「一つ屋根の下」でエコジャパンカップというイベントの音楽部門で「審査員応援賞」を頂きました。「耕せ!どじょうおじさん」という、家倉くんから聞いた農家の話を歌にした作品での受賞です。たまたま同時期でのダブル受賞となりました。嬉しいです。
さて、今週は水曜日から大阪です。今回はまず24日の木曜日に大阪谷町4丁目にある「14ムーンギャラリー」で伊野たかゆき画伯による展覧会オープニングパーティーで紙芝居を伊野画伯とやります。他に落語やらトークショーあり、そして東京からイラストレーターの友達も参加しての楽しい会となりそうです。参加費は千円、夜7時からですので是非遊びにきてくださいね。
そしてもう一本、いぬんこが大阪茶屋町のジュンク堂にて「おかめ列車嫁に行く」イベントを開催します。大阪でおかめ列車でのイベントは初めてのことで、今回は絵本の読み聞かせ、おかめ列車のお面作り、そしておかめ列車音頭を参加者と踊り、サイン会で閉めるという構成になっています。ぼくはこのために天地2メートルのおかめ列車を描きました。賑やかな展示となる予定です。26日のお昼1時から梅田茶屋町ジュンク堂7階で開催です。きてくれる方はご予約してくださいね。参加費無料です。
ひさしぶりの大阪ですので、おいしいもの食べてのんびりしたいと思います。
2013年1月21日月曜日
2013年1月4日金曜日
あけましておめでとうございます。
今年は東京でお正月を迎えました。大晦日から元旦は友人と西荻窪で過ごし、2日は上野の博物館にいきましたが、上野は人でいっぱいでした。さらに湯島神社にもさらに大行列のお参りする人、、正月でも東京には人がいっぱいなのです。
行列といえば年末の27日に中村勘三郎さんのお別れの式を築地の本願寺でファンのみなさんと参列しました。3時間半ほど並んで勘三郎さんの遺影へご挨拶させてもらいました。帰りぎわには勘九郎さん、七之助さんが参列したみなさんへ頭をさげておられました。
昨日は同じマンションにすむ小学生の太陽くんとキャッチボールをしましたが、何十年ぶりかで投げてくるボールを捕ることが難しくなっていました。老眼のせいかボールが見えにくいのです。昔はキャッチボールなんて楽チンだったはずなのにね。
さて今月は明日5日に渋谷のパルコパート1にあるシモジマにて切り絵のワークショップをしてまいります。お客さんと目出度い絵柄の切り絵を作って「難を切り抜け、運切り拓く、1年にしましょう」と呼びかけてきます。夕方5時頃からやっています。お時間あれば、是非遊びにいらしてくださいね。(要ご予約)
渋谷ラップルご予約はこちらです
2012年12月18日火曜日
かがやき亭のクリスマス会
先日はいつもお世話になっている食堂「かがやき亭」のクリスマス会に影絵のパフォーマンスで参加しました。
かがやき亭は西荻窪にある食堂で、ここには毎日おじいさんやおばあさんがやってきて、絵手紙やら唄やらの教室が開かれています。食堂をしきる寺尾さんという女性は美人で、パワーのある人でみんなから慕われています。その寺尾さんから今度のクリスマス会ではかがやき亭の合唱団が人前で初めて歌を披露するから、是非影絵でお手伝いして欲しいとお願いをされたのです。
かがやき合唱団は総勢20人ほどの高齢者で、8割がた女性でしめらています。毎週ピアノの先生のレッスンをうけていて、クリスマスの持ち歌も数曲あるということで、その歌にあわせた物語と影絵、そこに合唱団の歌という構成で会をすすめましょうとなりました。
相方である「物語屋」の中川哲雄さんとぼくとで、雪とクリスマスをテーマにした物語を作り、それを影絵にし、さらに中川さんの語りと合わせたパフォーマンスを仕上げていきました。
会場は西荻窪にある井荻会館という年季の入った味のある建物。そこを寺尾さんやスタッフのみんなでクリスマスの飾り付けをしました。夕方5時を過ぎる頃、かがやき合唱団のみなさんがやってきました。頭にはサンタクロースの赤い帽子をかぶって席につきました。
6時からクリスマス会ははじまり、参加者でのプレゼント交換をしたり、おかしやおにぎりをいただき、いよいよ影絵ショーとのコラボです。「雪やこんこん」の歌で物語は始まります。クリスマスの日にあった小さな出会い、そして一年後、またクリスマスの日に再会する女の子と男の子、それを見守る犬、ラストは「今日の日はさようなら」を歌って終わりました。
7時になってお客さんがさらに増えました。その日は西荻観光のツアーに参加された20人以上の人がこのクリスマス会にサプライズで集まってきてくれました。会場はいっぱいになり、2本目のサンタクロースの影絵ショーがはじまりました。
ペチカという歌からはじまる2本目の物語は車椅子のおじいさんを主人公にした話です。クリスマスの日にやってきた3人?の謎の訪問者。それに連れまわされるおじいさんはやがて会いたかった3人の孫の顔を見ることになります、、サンタクロースとして。中盤に「まっかなお鼻のトナカイ」が歌われるとなんとスクリーンからは本当のサンタクロースが飛び出すという演出に会場を沸きます。踊るお客さんも出てさらに盛り上がります。物語のラスト、おじいさんは家に帰っていました。でもそこにはかわいい3人の孫がやってきたのです。「きよしこのよる」がかがやき合唱団によって歌われ、ショーは終わったのです。
クリスマス会に参加されたみなさん、いい顔されていました。お客さんからは大きな拍手を頂きました。そこには暖かい空気が流れていました。親戚が集まったような、それはとてもとても懐かしいものでした。アメリカではクリスマスは家族でお祝いするそうです。なんとなく、そんな空気感に包まれたかがやきのある時間だったのです。
2012年10月19日金曜日
黄泉の国へ行き、また帰ってくる。
ゆうべの村椿菜文さんの詩につけた影絵と音楽の世界は、黄泉の国まで泳ぎ、そこで星と海に抱かれ、また帰ってくるというもので、同じように心が旅したぼくは終わってから家についてもなんだか興奮がさめないままで深くは眠れませんでした。
本番前に村椿さんとの話の中で、表現することは、黄泉の国へいったきりではなく、帰ってこなければ物語にはならない、、というようなことを話しました。わたしはこちらがわに家族があるから戻らなければいけないとも話されていて、ぼくは深くうなずいたのです。
いったままの表現の凄さも十分知ってはいるし、そこにはとてもマジカルなことも起こりやすいのですが、それだとどこか片手落ちになっている気がします。帰り道を用意することが表現者には必要で、他者に伝えるためにはシラフの状態でなければいけないと思います。
さて21日の日曜日は大阪中之島での水都で切り絵師となって仕事をしてまいります。天満橋からすぐの大川の中州の公園で昼から切っていますので遊びにいらしてくださいね。水都 Aozora CARNIVAL
2012年10月16日火曜日
空き地
用意された場所で遊ぶよりも、用意されていなかった場所から遊ぶことが好きです。遊園地で遊ぶよりも、空き地で遊ぶことが好きなのでしょう。その方が単純に燃えてしまうし、あとから思うと、空き地での方が実は用意されていたのかもと思うことが、うれしいのです
ここは果てかなと思い、そこにある扉を開けたら先にまた新し広大な世界が僕を待っていた、、そんなことを感じる日々です。不思議ですが、その新しい世界で出会う人や事は、過去に出会った人や事にどこか相通じるように思えます。
過去に経験したことで得た知恵が今活かされてきています。昔、難しくて解くのに時間がかかった問題も、今では時間がかからなくなりました。または、選ぶことにもそない時間を必要としないし、そうして素早く選んだものが正しいように思えます。
いろんなことをやってきたことが良かったのでしょう。一つのことを追求することもそれは素晴らしいことですが、ぼくはいろいろと経験することが合っていたのです。おかげで違うジャンルの人たちとも知りあえますし、そこで楽しめることができます。
似顔絵をうまくなるコツはとにかくいろんな顔を観察し、比較することです。一人の顔を描くよりも、何人かを同時に比較しながら描く方が断然似ます。ぼくはその数が非常に多いから、似顔絵がうまいのです。芸を磨くことは、目を養うことで、目を養うことは比較できるだけの情報を頭の引き出しにストックできることだと思います。
ただの空き地を選ぶのではないのです。ここは!と思う空き地を選ぶのです。そうして選んだ空き地であれば、絶対にいつかおもしろいことがぼくを待っています。見た目には空き地だからこそ、おもしろいことがむこうから転がってくるのです。
2012年9月7日金曜日
青春18切符
数日前、友人の岡野くんが尼崎から青春18切符で電車を乗り継ぎ、ここ東京へやってきました。いっしょに酒を飲み、翌日の早朝から高尾山まで二人でハイキング。雨が降ってきた夕方からは2年ぶりとなる新曲を作りました。詩はまんま岡野くんの実体験を元にしています。メロディーは松田聖子の80年代のヒット曲のような、すぐに口ずさめるものとなりました。みなさんの旅のお供にこの「青春18切符」を聞いてもらえたら嬉しいです。青春18切符 (33 with Paul)
また1歩、すすんだ気がします。どこへいくのかはわからないけど、、でもそれが旅というものでしょう。今頃、岡野くんは東海道線の静岡あたりの列車内で酒を飲みながら長く続く茶畑なんかを見ているかもしれません。 9月になっても外はまだ暑いけど、風は秋を連れてきているのを感じます。誰もが旅人になりたい季節です。
2012年8月30日木曜日
佐渡島へ
佐渡島へ
八月の終わり、島へ渡りました。友人宅に泊めてもらい、遅くまでお喋りしました。島で会う人も それぞれの生活がとても個性的で、面白かったです。自然にはかないませんし、そんな中でも自分の体を使って工夫した生活の営みを愛おしく感じました。どこを想い出しても絵になるなあと描いてみたのがこのスケッチです。
2012年8月23日木曜日
青空を突き抜けて。

3週間ほど前に発売されたいぬんこ画伯の「おかめ列車 」第二弾。
まさかのシリーズ化となり、あわてたのはいぬんこ本人ですが、さて今回の話はどうするか?
どこに行くのか?迷ったあげくのおかめちゃん 嫁にいくとなったのです。
今年になってから青空亭は各地のイベントに参加することが多くなり、そんななかでも3月にポポタムで開催した「おかめ列車祭り」を頂点に、いぬんこに求められているのは「目出度い感」だということを身をもって知ったのです。
この目出度い感を存分に出すことを今回の絵本のテーマに決め、そりゃ目出度いのなら結婚式はぴったしで、これなら1作目以上のインパクトを読者に与えれるはずだと、いぬんこは絵の製作を進めました。
絵本の世界でどれだけ目出度い感が表現できるか?そこに挑戦したのですが、それだけいぬんこは数少ない目出度い感をだせる絵師だと思います。そこはかなりの力を要するもので、全力を出し切ったいぬんこは毎度のことながら、出来上がった作品を直視できないようです。
その右手は異様なものを掴みます。あるときは自分の意思すらも言うことを聞かないその右手は、青空を突き抜け向こうの世界まで伸びて、とんでもないものを持ち帰ってくるのです。でも、突き抜けた先にはまた新しい世界があって、この旅はまだまだ続きそうです。
どうぞ「おかめ列車 嫁に行く」をご覧くださいね。
2012年7月10日火曜日
和と個
「小さなお米がいっぱい集まって大きなお餅になりました。
お餅は、さらに大きくなって空へとのぼっていきました。」
農家の家倉さんから聞いたお餅のお話は、
とても原始的だけどぼくのなかにあるだろう古い夢にも思えます。
農業が「和」であり、アートは「個」である。
すこし乱暴な言い方かもしれませんが、僕はこう感じています。
自分が興味を持ち、好きなものを探り、それらを好きになる個性とは何か、自分とは何か、、深く自分を知るというアートが持つ本来の意味。
和と、個がまったく正反対の行程の旅を続けながら、やがて同じ場所へと、、個が他を思いやり、他が個を思いやる、魂の世界。そこに気づく為にこの心と体はぼくを旅させるのでしょう。
東は東 西は西 この2つは交わるべく 東は西 西は東 最後までそいとげよう。
ジョンレノンとオノヨーコの歌、「きみはいつもここに」
農業とアート、東と西、和と個。
それはそれは大きなお餅にぼくは喜んで交わる時がくるのです。
お餅は、さらに大きくなって空へとのぼっていきました。」
農家の家倉さんから聞いたお餅のお話は、
とても原始的だけどぼくのなかにあるだろう古い夢にも思えます。
農業が「和」であり、アートは「個」である。
すこし乱暴な言い方かもしれませんが、僕はこう感じています。
自分が興味を持ち、好きなものを探り、それらを好きになる個性とは何か、自分とは何か、、深く自分を知るというアートが持つ本来の意味。
和と、個がまったく正反対の行程の旅を続けながら、やがて同じ場所へと、、個が他を思いやり、他が個を思いやる、魂の世界。そこに気づく為にこの心と体はぼくを旅させるのでしょう。
東は東 西は西 この2つは交わるべく 東は西 西は東 最後までそいとげよう。
ジョンレノンとオノヨーコの歌、「きみはいつもここに」
農業とアート、東と西、和と個。
それはそれは大きなお餅にぼくは喜んで交わる時がくるのです。
2012年7月6日金曜日
農家アート祭in江戸
浅草という街にぼくは不思議と縁があるようです。
今「農家アート祭in江戸」というイベントが浅草国際通りにあるたい焼き屋「浪速家」が開催されていて、そこに作家として参加しています。
この農家アート祭は、大阪ディグミーアウトカフェと滋賀県の若手農家集団コネファとの共同企画のイベントで、アーティストが農家とコミットして作品を作り発表しています。
今回の作家は、近年滋賀県の農村やコネファを撮り続ける写真家のMOTOKOさん、写真家の桑島薫さん、栃木県で農業をしながら写真を撮る田中潔さん、イラストレーターのdannyちゃん、そしてぼくとなっています。
ぼくは「どじょうおじさん」という絵本を描いてみました。農家の家倉さんから聞いた話を元にして、1匹のどじょうが田んぼの異変に気づき主人公の農家に、以前のような生き物が住める田んぼへと変えて欲しいと願う、、お話しにしました。 この展示は、農業を通して今が見えてくる作品展になっています。作家はあたえられたテーマを鏡にして今の自分をどこかに現し、それが今の世も現してゆくものだと思います。そのなかでぼくが担当するのは「ほぐして、やわらかく見せる」大臣かな、と思っています。ちょいと難しいテーマを、かみくだき、ほぐし、やわらかくしたイメージのもの、、を作りたいと思います。
命が宿る場所は柔らかく、おおらかで、人の力だけではコントロールできないものでしょう。人の力だけでどうにかしようとすると、だいたいのものがバランスを崩します。そこを自覚しながら、技術と自然とのバランスをどうとっていくのかが問われてきているように感じます。
さて、今週末7、8日両日、浅草浪速家にて栃木県の野菜、滋賀県のお米などが集まるマルシェが開かれます。そして7日の午後7時から農家の田中さんと家倉さんのトークショー、そして8日は午後4時から編集者の畑中彰宏さんをお呼びして「農と祭」についてのトークショーで、ぼくは司会をさせてもらいます。参加費は1000円ですが、7日はおにぎり、8日はコラボたいやきもついています。是非遊びにいらしてくださいね。
今「農家アート祭in江戸」というイベントが浅草国際通りにあるたい焼き屋「浪速家」が開催されていて、そこに作家として参加しています。
この農家アート祭は、大阪ディグミーアウトカフェと滋賀県の若手農家集団コネファとの共同企画のイベントで、アーティストが農家とコミットして作品を作り発表しています。
今回の作家は、近年滋賀県の農村やコネファを撮り続ける写真家のMOTOKOさん、写真家の桑島薫さん、栃木県で農業をしながら写真を撮る田中潔さん、イラストレーターのdannyちゃん、そしてぼくとなっています。
ぼくは「どじょうおじさん」という絵本を描いてみました。農家の家倉さんから聞いた話を元にして、1匹のどじょうが田んぼの異変に気づき主人公の農家に、以前のような生き物が住める田んぼへと変えて欲しいと願う、、お話しにしました。 この展示は、農業を通して今が見えてくる作品展になっています。作家はあたえられたテーマを鏡にして今の自分をどこかに現し、それが今の世も現してゆくものだと思います。そのなかでぼくが担当するのは「ほぐして、やわらかく見せる」大臣かな、と思っています。ちょいと難しいテーマを、かみくだき、ほぐし、やわらかくしたイメージのもの、、を作りたいと思います。
命が宿る場所は柔らかく、おおらかで、人の力だけではコントロールできないものでしょう。人の力だけでどうにかしようとすると、だいたいのものがバランスを崩します。そこを自覚しながら、技術と自然とのバランスをどうとっていくのかが問われてきているように感じます。
さて、今週末7、8日両日、浅草浪速家にて栃木県の野菜、滋賀県のお米などが集まるマルシェが開かれます。そして7日の午後7時から農家の田中さんと家倉さんのトークショー、そして8日は午後4時から編集者の畑中彰宏さんをお呼びして「農と祭」についてのトークショーで、ぼくは司会をさせてもらいます。参加費は1000円ですが、7日はおにぎり、8日はコラボたいやきもついています。是非遊びにいらしてくださいね。
2012年6月5日火曜日
みわぞう祭り
数ヶ月前にいぬんこの展覧会「おかめ列車祭り」のオープニングでお世話になった音楽家でちんどん楽器担当の「みわぞうさん」が所属します「ジンタらムータ」のライブにゲスト出演です。
「みわぞう祭り」場所は吉祥寺「スターパインズカフェ」。6月10日はみわぞうさんの何回目かのお誕生日。
このめでたい場でボクは「おかめ列車音頭」を唄います。この唄は音楽家「サキタハヂメくん」が作曲してくれた作品です。ここ数年、ボクは音頭を作ることが多くなりました。やぱり音頭のリズムは誰もがいっしょになって楽しめるもので、ボクの遺伝子にもしっかりと刻まれているようです。
今日はスタジオ練習でした。スタジオの空間って独特の空気がながれています。生音をじかに聞きながら唄うとテンションがあがります。楽器隊のみなさんのだす音に負けない力をだすことは、日常では出てこないものですから体が熱くなります。
もう17、8年前になるのでしょうか、、初めてライブで唄ったのが「モダンチョキチョキズ」の東京下北沢「シェルター」のステージでした。会場満杯のお客様の前でド素人のボクは当時自分で制作していた蜂の着ぐるみを着て「サルビアの花」のカバーとモダチョキの唄「ガイコツ」を唄わせてもらいました。
そうそうたるメンバーに演奏してもらっての初ステージはガチガチの緊張で体が震えていました。あんなに緊張したのはそれ以降はないように思えます。それも出番がライブラストの2曲だったはず、、待っている間に何度も「帰りたい、、」といぬんこに弱音を吐いていました。
あっという間の出来事だったので、記憶がとんでいてなにをやったのか?ほとんど憶えていません。宇宙人に連れられて記憶を消去されたようにも思えるほどです。あれ?もしかすると宇宙船ではなく「おかめ列車」に乗せられていたのかもしれません。
ガタゴトガタゴト、、
見えない線路はどこまでも、ボクを連れてゆくのでしょう。
2012年5月16日水曜日
イチローじゃなくても
天才には誰もが一度は憧れるもの。
先日は三鷹にありますジブリ美術館を見学にいきましたが、「こりゃ~すごいや、やはり天才にはかなわない」と宮崎さんの仕事を拝見させてもらいました。30歳後半にはあの名作「風の谷のナウシカ」を創っていたのですから、その才能は恐ろしいものです。
思い返すとボクの30代は音楽漬けの日々でした。楽器もひけない、ボイス訓練もろくにうけていない、そんなアマチュアのボクによく唄わせてくれたもんだなあと、当時付き合ってくれていた音楽家のみなさまには感謝しています。
大阪という土壌は「盛り上がればええやんパワー」で充満にしていますから、ノリと笑いが大切です。ボクの音楽活動では「33」という二人組のユニットと「ぶっきら兄弟」という大所帯バンドがノリと笑いを前面にだしていました。
「33」ではオカノアキラ氏の天才的な笑いのセンスと音楽知識の豊富さが武器でしたし、「ぶっきら兄弟」は数十人のメンバー個々のぶっとんだキャラクターに、ノリとパワーで押し切る音楽が売りでした。そのどちらともにライブはお祭りでした。お祭りを盛りあげるのにボクは毎回必死で、ときおり頭の中のネジが数十本抜けたな、と思うこともありました。
「天才だったらなあ~」ともよく思っていました。声がものすごくイイとか、リズム感が抜群だとか、、生まれ持った天性の才能、、それが欲しかった。それがないからもう力技で、人のやらないようなことをやってきたのだと思っていたのです。
でも今思うと、そういうパワーこそがボクをなんとも愉快な存在へと成長させてくれました。唄い、話し、切絵やパフォーマンスをしたり、そのライブという場で、お客さんの前で、ボクの芸は形になっていきました。33に「イチローじゃなくても」という歌があります。40歳になって創りました。
おれはなにかをやるために生まれてきたのだろうか?
おれの使命ってなんやろかって?
イチローじゃくても、天才じゃなくても、、
この姿で、この歌を唄う、そんな自分の存在がおもろく思えてきたのです。
2012年4月27日金曜日
十二日間
浅草の奥山風景では朝の10時から店を開けますので、ボクは西荻の家を朝8時半に出ます。満員電車に揺られ9時半には浅草に着きます。コンビニでお茶とおにぎり、たまに朝マックを買って浅草寺に到着します。
屋台の扉をあけ、掃除したらお店のはじまりです。ここは日本有数の観光地ですから、いろんな国の人が通りを歩いています。でも新宿や渋谷のような息苦しさはなくどこかのんびりとしています。いい顔したおっさん、おばちゃんも多くて、大阪天六の町にも似てるように思えます。
屋台の前には有名人を切り抜いた似顔絵の作品を展示していますので、気がついた人はビックリされます。お客さんから頼まれたら、やっとボクの仕事です。鋏を動かしていると人が足を止めてボクの芸を見ています。この5分から10分の間にお客さんがボクの手先をじっと見ているのは、なんとも緊張しますが、この切羽詰まった時間がボクに力を与えてくれます。出来上がるとみな覗き込んで、作品を見たら拍手なんかもいただきますし「名人!」やら「アメイジング(素晴らしいって意味だよね?)!」なんてうれしいお言葉をかけてもらいます。
12日間で延べ300人のお顔を切らせてもらいました。ある男性は「今から亡くなったおやじの法事で田舎にいくんだ。この切絵は良いおみやげになったよ」と言ってもらいました。ある女性は「写真の人も切れるのですか?」と尋ねられ見せてくれたのがおばあちゃんの顔でした。「1年前に亡くなって、、かわいい顔でしょ。切ってくれる?」
300人のそれぞれの方に物語があります。ボクの店の前に通った時、ふっと「切絵してもらお」と思う感じ、、思ってもいない出会いに反応をしてしまう、、その感じ。日常から少しだけズレた瞬間、、人はいろんなことを思い出すのでしょう。
昼は屋台で天丼を食べたり、暇になれば隣の職人さんや占い師さんと話したり、、夕方5時まで働きます。この時間は陽はまだ落ちていませんので、店をかたずけてから浅草を散歩します。近くの飲み屋通りに人はまばらで、呼び込みの女性が声をかけています。ある時、古い喫茶店でコーヒーを飲んで心を落ち着けていました。懐かしい雰囲気の店内を見ていて「ボクは幼い頃、喫茶店の息子だった」ことを思い出したりしました。
浅草の町は旅人ばかり、、ボクもいっしょになって町を彷徨っていた12日間だったのです。
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