2011年6月27日月曜日

逗子

サマーデイズ、サマーサマーデイズ
少し歩いたら、そこは海でした。

2011年6月14日火曜日

なまずえ「なまたん」

チャンキーが描いた鯰絵(なまずえ)です。
なまずの「なまたん」。
地震お守りとしてプリントアウトして携帯してね☆


2011年6月8日水曜日

時色

7/10(日)12:00過ぎから
時色にて 似顔切り絵いたします。
http://tokiiro201.exblog.jp/16388836/

水彩色鉛筆を使った水彩画講座

東急ハンズ梅田店にて7月23日(土)水彩色鉛筆を使った水彩画講座を行います。
http://www.iwf.jp/300sche/item/102/catid/1
宜しくお願い致します。

チャンキー松本切り絵イラスト

チャンキー松本切り絵イラストのスライドショーを作ってみました。

大阪新町 ギャラリー月夜と少年さんでの展示とイラストのお仕事等です。

新しいくらし

部屋のベランダごしには桜の樹が見えます。今は緑の葉が生い茂り、風に吹かれるとザワザワと音をたてて揺れています。この部屋は風通しが良くソファーでつい昼寝なんぞをしてしまいます。

マンションは築40年と古い物件です。ボクは柱に薄墨を塗ったり、物置に棚を付けたりと、なんとなくDIY的なことにチャレンジしています。ですから苦手だったホームセンターにも通い、たくさんの種類のネジに頭を悩ませています。


今日は障子紙の安売りコーナーにておばあちゃんに紙の貼り方なんか教わったりと、東京に来ても見知らぬ人と話すことが多かったりします。他人と話す内容も大切ですが、「話す」という行為そのものが大切なのだと感じます。


東京の西荻窪に引越してきて今日で1週間がたちました。部屋のダンボールもだいぶ減り、あとは整理してゆけば居心地良い部屋になりそうです。関西からも続けて友達が遊びにきてくれましたし、新しく知り合った人たちはみなとても優しく接してくれます。


ジョギング中、前を3人の若い男が歩いていて、急に思い出したのが27年前のこと。当時17歳のボクは東京に憧れをもち、夏になるとデッサンの夏 期講習を受けるためと理由をつけては、東京で数週間暮らして遊んだことでした。見るものすべてが田舎者のボクには刺激的だったのです。


昨日は渋谷のホテルのラウンジのような場所で人と会っていました。大きな窓の向こうにはビルや看板、そして夕暮れの空が見えました。なぜかその景色が古く感じたのです。44歳になったボクの目や肌は、東京の景色から刺激を感じるよりも、郷愁を感じてしまいます。


夜になって、部屋にはリカちゃんがプレゼントしてくれた風鈴がチリリンと鳴っています。さてこの風がなにをボクらに運んでくれるのでしょう。しばらくは焦らず過ごそうと思っているのです。

紙切り似顔絵のようす

ゴールデンウィークには各地のイベントで
約二百人切らせていただきました。
今迄で千五百人位は切らせていただいたことになります。

切り絵似顔絵イベントの様子をブログに書いていただいております。
大阪 堺の遊さん  
瀬戸内海 豊島 島キッチンさん ありがとうございました。

チャンキー松本の紙切り似顔絵 のお問い合わせは以下にお願い致します。
aozoratei☆gmail.com (☆を@に変えてお送り下さい)


2011年5月25日水曜日

猫とカモメと坂の驢馬

昨年のことですが、ゴンチチのゴンザレス三上さんのソロCDのPVを制作いたしました。画はチャンキー、アニメーションは、ハセガワさんです。

あなけもの

月終盤からゴールデンウィークは毎日「切り似顔絵」の仕事が続き、延べ160人のお顔を切らせてもらいました。さすがに右肩に痛みが走り、こりゃ~やばいなあ、、と思いましたが、ある時、不思議と痛みが引いて驚くほど手が勝手に動くというランナーズハイならぬ切り絵ハイになりました。 

そんな中、もう一方で「あなけもの」という絵本を制作しておりました。「2人のビッグショー」で共演させてもらっています小説家の「西田俊也さん」に無理矢理お話を考えてもらって、ボクが絵を、そしてデザインを「バイエル」のオーナー梅田くんという3人のコラボレーションとなったのです。 

お話の背景となっているのは現在の福島県あたりで、原発事故のために廃墟となって町にのこされたペットたちが、ある穴へと逃げこんだところから話は始ります。 

絵本を作るきっかけはいぬんこが「原発のことについてなんらかしらの表現をすることがタブーになりつつあるのはどうしてだろう?」という疑問符からでした。 

主人公を猫にしたことは人間だと重過ぎることもありましたが、ここにきてもう一度「キャラクター」についてボクが考え直すことでした。日本人はいたるものに「心」を入れることが得意なようで、キャラクターが生まれやすいのだと思います。ここ数十年ほど「かわいい」「ゆるい」「やさしい」キャラクターが好まれ、たくさんの種類が生まれてきました。 

広告からキャラクターが生まれ、商品となって世をにぎわしていましたが、どうもそこも行き過ぎた感があるように思えていました。肝心の商品はおいといても、おまけであるキャタクターがなんだか主となる現状はどこか変に思えます。 

イメージを使って人の心を揺さぶるのがボクらの仕事です。ただそのイメージがなにか得体のしれないものに使われ、誰かの気持ちを動かしていることも間違いありません。ボクはもう一度自分の仕事を考えるためにも「あなけもの」というキャラクターを使った絵本を作ってみたかったのです。 

ストーリーがキャラを動かし、育ててゆき、見た人が心を入れてくれるもの、、まずはこうして動き出したあなけものたち、、これからまたどうなってゆくのかが楽しみなところですが、まず第1話を手にとって読んでいただきたいと思います。 

現在大阪では玉造の「バイエル」と奈良の「カナカナ」におかせてもらっています。東京では今週水曜日から来週の28日まで(23日は休郎)目白のブックギャラリー「ポポタム」で「あなけもん画展」というグループ展のなかで販売させてもらっています。 

そして明日、21日土曜日は夜7時よりポポタムにてライブイベントがあります。ボクはいぬんこと「青空太郎」で参加します。他に京都から「ビッケさん」、ブラジル音楽に深く精通しております「ケペル木村さん」のバンドと3組での出演です。是非いらしてくださいね。
http://popotame.m78.com/shop/

2011年4月29日金曜日

そう、君ならなんとかできる。

おびえすぎたりせずにしましょう。
想像力を恐怖や不安に使うことをできるだけやめましょう。
今、自分に求められたことに精一杯、力を使いましょう。
今日、経験したことをヒントにして、ひらめきをすぐに行動にうつしましょう。
もうなにもおびえることはないのですから。


気持ちが素直になる時、強くなれるのです。
その素直な心が、素敵なアイデアをキャッチしてくれます。
キャッチしたらすぐに動き、形にしましょう。
迷うことなどなく、夢中になって、、
そうして生まれたふぞろいの果実が、
美しい無限の未来という種を宿した、、私の芸術です。


永井宏さんの歌を聴きながら、うかんできた言葉です。


永井さんの存在がこの世から消えて、やっとボクは永井さんの魂を知ることができたのです。
芸術家の作品がホントに語りだすのは、この世から消えてからかもしれません。


明日は昭和町のお祭りで切り似顔絵してきます。梅田のイーマではボクの切り絵がエスカレータ横のガラスに窓に地下2階から地上4階まで飾っています。小さい作品ですが260点切りました。お近くに来たさいにはどうぞご覧くださいね。

2011年4月2日土曜日

サカトミチ

尾道からのアーティストを呼んでの「サカトミチ」という展覧会を大阪靭本町のギャラリー「月夜と少年」で開催しています。


尾道は遊びにいくたびに「これてよかったなあ〜」と思える場所です。なによりもここに住む人たちのおもしろさに惹かれているのです。


「サカトミチ」では尾道で活動するアーティストたちの作品を展示していますし、現在尾道の空き家を再生して新しい人にも住めるようにするプロジェクトの資料なども展示しています。


そして今夜6時よりイベントをします。ボクは「スパイスの嵐」というバンドで参加します。空き家再生プロジェクトの「豊田雅子さん」のトーク、ミュージシャン「keikiさん」「永井真介さん」のライブがあります。


フードは尾道から「ネコノテパン工場」のパンと「スパイスの嵐のカレーに「junkocake」のおやつセットで800円で販売します。


入場料は2000円となっております。是非遊びにいらしてくださいね。

2011年3月29日火曜日

新しい絵

例えば過去に見たアニメ、映画、テレビには街が壊れ、得体の知れない恐怖、汚染された荒れ地が描かれていましたし、そこで立ち上がるヒーローを見てボクらは心を震わせたものです。


今、この日本で起こっていることが、なぜか昔にも見たようなそんな錯覚を起こすのはこれが原因だよな、と友人が話してくれました。やはり表現することは近しい未来を予言するのだと感じました。


とてつもなく大きな津波がボクらの心のある部分を飲み込んでいきました。連れ去られたある部分はまるごと戻ってくることはないかもしれません。それがボクらを不安にさせているのだろうし、以前なら素敵で憧れたものがどうも薄っぺらく思えたりします。


荒れ地から生まれるヒーローも、得体のしれない怪獣も、そのどちらともがボクらの想像力が生み出したものです。想像力は記憶の蓄積、つまりは遺伝子から生まれてくるものですが、今、ボクらを脅かす放射能はその遺伝子を変化させるようです。


「悪いもの、危険なもの、やっかいなもの」


「共存すること」がボクらのこれからのテーマなのであれば、やっかいなものすべてを排除して暗い闇へと追いやるだけではなんの解決にもならない気がしています。そしてこの試練は生きるボクらを新しい次元へと上げるためのものだと感じます。


遺伝子の世界でどんなことが起こるのか?検討もつきませんが、ボクは遺伝子のなかにも「心」のようなものがあると信じていますし、そうでなければ 神様が人間に心を与える必要はないはずです。だから無心に祈ることが、なんらかの影響を遺伝子に与えることもある気がするのです。


桜の樹には新しい花の蕾があたたかな光に呼ばれ、ひらこうとしています。この空の上にはボクらをひらこうとする大きな存在があるのでしょう。だからついボクらは空を見上げてしまうのです。


ボクらの中の眠っている力を、もう一度。
遺伝子にまで響くように、、祈るように、、いつかの未来へと届くような、新しい絵をボクらが描かなければ、、と感じているのです。

2011年3月7日月曜日

あれから

1998年の11月。「チャンキー松本展」 

当時、生まれて初めての個展を天満橋にある「マニフェストギャラリー」でさせてもらいました。小さな会場の壁全面にアクリル絵具で描いた作品をただ並べるだけでした。たいした技術もないボクはとにかくパワー全開で見る人を圧倒させようとしていたのです。「チャンキー松本」という名前を世の中にアピールすることしか考えていませんでした。 

あれからほぼ毎年のように展覧会をさせてもらうようになりました。よく東京でやればイイのに、、と言われましたけど、そない大金を使ってまで、絵に自信もなければ、なによりも面倒くさいなあ〜と思っていました。 

ボクがお世話になったギャラリーのオーナーさんはみな親身になって作品の展示を共に考えてくれました。作家は日々の創作に必死で、展示するその締め切り間近には、展示にたいしてのクリエイティブなエネルギーが落ちていたり、ボクなどは膨大な量の前でどう整理すればいいのか?わからないわけです。そんな時にオーナーのみなさんがいろいろとアイデアを出してくれることに助けられてきたからこそ個展を開くことができたのです。 

最近になってやっと作品も売れるようになりましたが、以前はまったく売れませんでした。企画展なので売れなければギャラリーだって儲かりません。もうしわけなく感じましたが自分ではどうすることもできませんし、そのくせ毎年のように作風が変化してゆきました。自分の心の変化が露骨に作品に現れ、せっかく好評だった作風すらも壊してゆくのですから、それでは売れるはずありません。 

2011年2月。「おいてけぼりの町」 

今回もギャラリー「月夜と少年」のオーナー吉田夫妻と共に展示を考えました。作品の中身と展示との間にブレがない、気持ちの良い個展となりました。この「絵を読む」という展示方法は、お客さんが自分のテンポで絵に向き合えるように、と考えました。そこには「チャンキー松本」という存在が消えて欲しいと思います。絵と向き合うことで、自分の記憶を呼び起こせるような、そんな時間をお客さんに持って欲しいと思っています。 

あと2日間、楽しんでまいります。20日の最終日はボクのワンマンショーです。なんとなく描いたり、読んだり、唄ったりしますので、どうぞ遊びにいらしてくださいね。